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ろうが。
塒ねぐらのそばで大量の空き缶を潰つぶしている男がいた。そうした光景はこれまでにも何度か見ているので、石神はひそかに缶男という渾名あだなをつけていた。缶男は五十歳前後に見えた。身の回り品は一通り揃っているし、自転車まで持っている。おそらく、缶を集める際には機動性を発揮するに違いない。集団の一番端、しかも少し奥まった場所というのは、この中では特等席に思われる。だから缶男はこの一団の中では古株だろうと石神は睨にらんでいた。
青いビニールシートの住居の列が途切れてから少し行ったところで、一人の男がベンチに座っていた。元々はベージュ色だったと思われるコートは、薄汚れて灰色に近い。コートの下にはジャケットを着ているし、その下はワイシャツだ。ネクタイはたぷんコートのポケットに入っているのだろうと石神は推理した。石神は彼のことを技師と心の中で名付けていた。先日、工業系の雑誌を読んでいるのを見たからだ。髪は短く保たれているし、髭も剃られている。だから技師はまだ再就職の道を諦あきらめてはいないのだ。今日もこれから職安に出向くつもりなのかもしれない。しかしおそらく仕事は見つからないだろう。彼が仕事を見つけるには、まずプライドを捨てねばならない。石神が技師の姿を初めて見たのは十日ほど前だ。技師はまだここの生活に馴染んでいない。青いビニールシートの生活とは一線を画したいと思っている。そのくせ、ホームレスとして生きていくにはどうすればいいかわからず、こんなところにいる。
石神は隅田川に沿って歩き続けた。清洲橋の手前に、三匹の犬を散歩させている老婦人がいた。犬はミニチュアダックスフントで、赤、青、ピンクの首輪がそれぞれに付けられていた。近づいていくと彼女も石神に気づいたようだ。微笑み、小さく会釈してきた。彼も会釈を返した。
「おはようございます」彼のほうから挨拶した。
「おはようございます。今朝も冷えますね」
「全く」彼は顔をしかめてみせた。
老婦人の横を通り過ぎる時、「行ってらっしゃい。気をつけて」と彼女が声をかけてくれた。はい、と彼は大きく頷うなずいた。
彼女がコンビニの袋を提げているのを石神は見たことがある。袋の中身はサンドウィッチのようだった。たぶん朝食だろう。だから彼女は独り暮らしだと石神はふんでいる。住まいはここからさほど遠くはない。以前、彼女がサンダル履ばきだったのを見ているからだ。サンダルでは車の運転はできない。つれあいをなくし、この近くのマンションで三匹の犬と暮らしているのだ。しかもかなり広い部屋だ。だからこそ三匹も飼える。また、その三匹がいるから、ほかのもっとこぢんまりとした部屋に越すこともできないのだ。ローンは終わっているかもしれないが、管理費はかかる。それで彼女は節約しなければならない。彼女はこの冬中、とうとう美容院には行かなかった。髪を染めることもしなかった。
清洲橋の手前で、石神は階段を上がった
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