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第2节(第1/6页)

    働きながら一人娘を育てるという生活に疲れていた。

    結婚当初は幸せだった。富樫の収入が安定していたから、靖子は水商売から足を洗うことができた。また彼は美里をかわいがってもくれた。美里も彼を父親として受けとめようと努力しているように見えた。

    しかし破綻は突然やってきた。富樫が会社をくびになったのだ。原因は、長年に亘る使い込みがばれたことだった。会社から訴えられなかったのは、管理責任を問われるのを恐れた上司たちが、巧妙に事態を隠蔽いんべいしたからだ。何のことはない。富樫が赤坂でばらまいていたのは、すべて汚れた金だったのだ。

    それ以来、富樫は人間が変わった。いや、本性を現したというべきかもしれない。働かず、一日中ごろごろしているか、ギャンブルに出かけるかだった。そのことで文句をいうと、暴力をふるうようになった。酒の量も増えた。いつも酔っていて、凶暴な目をぎらつかせていた。

    当然の成り行きとして、再び靖子が働きに出ることになった。しかしそうして稼いだ金を、富樫は暴力で奪った。彼女が金を隠すようになると、給料日に彼女よりも先に店へ出向き、勝手に受け取るという行為にまで及んだ。

    美里はすっかり義父を怖がるようになった。家で彼と二人きりになるのが嫌で、靖子の働く店までやってきたことさえあった。

    靖子は富樫に離婚を申し出たが、彼はまるで聞く耳を持たなかった。しつこく食い下がると、またしても暴力をふるわれるという有様だった。悩んだ末に彼女は、客に紹介してもらった弁護士に相談した。その弁護士の働きかけで、富樫は渋々離婚届に判を押した。裁判になれば自分に勝ち目はなく、さらに慰謝料を請求されるだろうということは、彼にもわかっていたようだ。

    しかし問題はそれだけでは解決しなかった。離婚後も富樫はしばしば靖子たちの前に姿を見せた。用件は決まっていて、自分はこれから心を入れ替えて仕事に励むから、どうか復縁を検討してくれないか、というのだった。靖子が彼を避けると、彼は美里に近づいた。学校の外で待ち伏せすることもあった。

    土下座までする彼の姿を見ていると、芝居とわかりつつ、哀れに思えた。一度は夫婦になった仲だけに、どこかに情が残っていたのかもしれない。つい、靖子は金を渡した。それが間違いだった。味をしめた富樫は、さらに頻繁にやってくるようになった。卑屈な態度をとりつつも、厚かましさは増していくようだった。

    靖子は店を移り、住所も変えた。かわいそうだと思いながらも美里を転校させた。錦糸町のクラブで働くようになってからは、富樫も現れなくなった。それからさらに引っ越しをし、べんてん亭で働き始めて一年近くになる。もはやあの疫病神と関わり合うことはないと信じていた。米沢夫妻には迷惑をかけられない。美里にも気づかれてはならない。何としてでも自分一人の力であの男が二度とやってこないようにしなければ――壁の時計を睨みながら靖子は決意を固めた。

    
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