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「いや、別に深い意味は。母親と娘が二人で住むにも、ここなら生活しやすいんじゃないかと思っただけです」
「なるほどな」
草薙が納得した理由は二つあった。一つは、これから会う相手が娘と二人暮らしをしている女性だということであり、もう一つは岸谷自身が母子家庭で育っているということだった。
草薙はメモに書かれた住所と電柱の表示を見比べながら歩いた。そろそろ目的のアパートに辿り着けるはずだった。メモには花岡靖子という名前も記されている。
殺された富樫慎二が宿帳に書いていた住所はでたらめではなかった。実際にその住所に彼の住民票は存在したのだ。ただし、現在彼はその場所に住んではいなかった。
死体の身元が判明したことは、テレビや新聞等によって報道された。その際、「お心当たりのある方は最寄りの警察に御連絡ください」と付け加えられたのだが、情報らしきものは全くといっていいほど集まらなかった。
富樫に部屋を貸していた不動産屋の記録から、彼の以前の勤め先は判明していた。荻窪にある中古車販売業者だった。しかし仕事は長続きせず、一年足らずで辞めている。
それを皮切りに、富樫の経歴が捜査陣によって次々と明らかになっていった。驚いたことに彼はかつて高級外車のセールスマンだった。しかし会社の金を使い込んだことがばれてくびになっていた。もっとも、起訴はされていない。使い込みについても、捜査員の一人がたまたま聞き込みで知り得ただけだった。その会社は無論現存するが、当時のことについて詳しいことを知っている者はいない、というのが会社側の言い分らしい。
その頃富樫は結婚していた。彼をよく知る人間の話によれば、富樫は離婚後も別れた妻に執着していたらしい。
妻には連れ子がいた。二人の転居先を調べるのは捜査陣にとって難しいことではなかった。間もなくその母娘おやこ、花岡靖子と美里の居場所は判明した。それが江東区森下、つまり今草薙たちが向かっている先だった。
「気の重い役ですね。貧乏くじを引いちゃったなあ」岸谷がため息まじりにいう。
「何だよ、俺と聞き込みに行くのが貧乏くじなのか」
「そうじゃなくて、せっかく母娘と二人で平和に暮らしているところに波風を立てたくないといってるんです」
「事件に関係なきゃ、波風を立てることにはならないさ」
「そうでしょうか。どうやら富樫はかなり悪い夫で、悪い父親だったみたいですよ。思い出すのも嫌なんじゃないですか」
「だったら、俺たちは歓迎されるはずだぜ。その悪い男が死んだって知らせを届けに行くんだからな。とにかくそんなしけた顔をするなよ。こっちまで気が滅入る。おっと、ここらしいぞ」草薙は古いアパートの前で足を止めた。
建物は薄汚れた灰色をしていた。壁に補修の跡がいくつかある。二階建てで、上下四つずつ部屋があった。現在窓に明かりが灯っているのは、そのうちの半分だけだ。
「二〇
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