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の人間だけで、高校の数学などという低レベルなものの解法を全員に覚えさせたところで、何の意味もない。この世に数学という難解な学問があるということさえ教えれば、それでいいではないか、というのが彼の考えだった。
採点を終えたところで時計を見た。午後八時になっていた。
道場の戸締まりを点検してから、彼は正門に向かった。門を出て、信号のある横断歩道で待っていると、一人の男が近づいてきた。
「今、お帰りですか」男は愛想笑いを浮かべていた。「アパートにいらっしゃらなかったので、こちらかと」
見覚えのある顔だった。警視庁の刑事だ。
「あなたはたしか」
「お忘れかもしれませんが」
相手が上着の内側に手を入れるのを制して、石神は頷いた。
「草薙さんでしょう。覚えています」
信号が青に変わったので、石神は歩きだした。草薙もついてきた。
なぜこの刑事が現れたのか――石神は足を動かしながら、頭の中で思考を開始した。二日前に湯川がやってきたが、そのことと関係があるのだろうか。捜査協力を依頼したがっている、という意味のことを湯川はいっていたが、それについては断ったはずだ。
「湯川学という男を御存じですね」草薙が話しかけてきた。
「知っています。あなたから私のことを聞いたといって、会いに来てくれました」
「そのようですね。先生が帝都大学理学部の出身だと知り、ついしゃべってしまったんです。余計なことをしたのでなければいいのですが」
「いえ、私のほうも懐かしかった」
「彼とはどんな話を」
「まあ、昔話が中心ですよ。一度目は、殆どそれだけでした」
「一度目」草薙は怪訝そうな顔をした。
「何回かお会いになってるんですか」
「二回です。二度目は、あなたに頼まれて来たといってましたが」
「私に」草薙の目が泳いだ。「ええと、彼はどんなふうにいってましたか」
「私に捜査協力を頼めるかどうか打診してほしいといわれたとかいって」
「ははあ、捜査協力ですか」草薙は歩きながら額を掻いた。
様子がおかしい、と石神は直感していた。この刑事は戸惑っているように見える。湯川の話に心当たりがないのかもしれない。
草薙は苦笑を浮かべた。
「彼とはいろいろな話をしたので、どの件なのか、ちょっと混乱しています。ええと、どういう捜査協力だといってましたか」
刑事の問いに石神は思案した。花岡靖子の名前を出すのは躊躇われた。しかしここでとぼけても無駄だ。草薙は湯川に確認をとるだろう。
花岡靖子の監視役だ、と石神はいった。草薙は目を見開いた。
「あそうでしたか。ははあ、ああ、なるほど。ええ、たしかに彼にそういうことを話したのは事実です。石神さんに協力してもらえないかという意味のことをね。それで彼が気を利かせて、石神先生に早速話してくれたんでしょう。なるほど、わかりました
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