第3节(第5/6页)
時、まだ煙草の臭いが残ってました。だからお客さんがいるのかなと思ったのですが、それらしき履き物がなかった。そのくせ炬燵の中に誰かいるようでした。コードも挿さずにね。隠れるのだとしたら奥の部屋がある。つまり炬燵の中の人物は隠れているのではなく隠されている、ということになる。その前の暴れたような物音や、あなたの髪が珍しく乱れていたことを踏まえれば、何が起きたのかは想像がつきます。それからもう一つ、このアパートにはゴキブリは出ません。長年住んでいる私がいうのだからたしかです」
表情を変えずに淡々と語る石神の口元を、靖子は茫然と見つめていた。この人はきっと学校でもこんな調子で生徒に説明しているに違いない、と、まるで関係のない感想が浮かんだ。
石神からじっと見られていることに気づき、彼女は目をそらした。自分のことも観察されているような気がした。
恐ろしく冷静で頭のいい人なのだ、と思った。そうでなければ、ドアの隙間からちらりと見ただけで、これだけの推理を組み立てられるはずがない。だが同時に靖子は安堵していた。どうやら石神は、出来事の詳細を知っているわけではなさそうだ。
「別れた夫なんです」彼女はいった。「離婚して何年も経つのに、未いまだにつきまとってくるんです。お金を渡さないと帰ってくれなくて。今日もそんなふうでした。もう我慢ができなくて。それでかっとなって」そこまでしゃべり、後は俯うつむいた。富樫を殺した時の様子は話せなかった。あくまでも美里は無関係だということにしなければならない。
「自首するつもりですか」
「そうするしかないと思います。関係のない美里は本当にかわいそうなんですけど」
彼女がそこまでしゃべった時、襖が勢いよく開いた。その向こうに美里が立っていた。
「そんなのだめだよ。絶対にだめだからね」
「美室、あんたは黙ってなさい」
「いやだ。そんなのいやだ。おじさん、聞いてよ。この男を殺したのはね――」
「みさとっ」靖子は声を上げた。
美里はびくっと顎を引き、恨めしそうに母親を睨んだ。目が真っ赤だった。
「花岡さん」石神が抑揚のない声を出した。「私には隠さなくていいです」
「何も隠してなんか」
「あなた一人で殺したのでないことはわかっています。お嬢さんも手伝ったんでしょう」
靖子はあわてて首を横に振った。
「何をいうんですか。あたし一人でやったことです。この子はついさっき帰ってきたところで。あの、あたしが殺した後、すぐに帰ってきたんです。だから、何も関係ないんです」
だが石神が彼女の言葉を信じている様子はなかった。吐息をつき、美里のほうを見た。
「そういう嘘をつくのは、お嬢さんが辛いと思うけどなあ」
「嘘じゃないです。信じてください」靖子は石神の膝に手を置いた。
彼はその手をじっと見つめた後、死体に目を向けた。それから小さく首を捻った。
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