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第3节(第1/6页)

    複雑な気持ちが彼女の胸中を支配していた。しかし彼が生き返らないことは確実のようだった。

    「こいつが悪いんだよ」美里は足を曲げ、両膝を抱えた。その間に顔を埋め、すすり泣きを始めた。

    どうしよう。靖子がもう一度呟きかけた時だった。ドアホンが鳴った。彼女は驚きのあまり、痙攣けいれんするように全身を震わせた。

    美里も顔を上げた。今度は頬が涙で濡れていた。母娘は目を合わせた。お互いが相手に問いかけていた。こんな時に誰だろう。

    続いてドアをノックする音がした。そして男の声。「花岡さん」

    聞いたことのある声だった。しかし誰かは咄嗟とっさに思い出せない。靖子は金縛りにあったように動けなかった。娘と顔を見合わせ続けた。

    再びノックされた。「花岡さん、花岡さん」

    ドアの向こうの人間は、靖子たちが部屋にいることを知っているようだ。出ていかないわけにはいかなかった。だがこの状態ではドアを開けられない。

    「あんたは奥にいなさい。襖を閉めて、絶対に出てきちゃだめ」靖子は小声で美里に命じていた。ようやく思考力を取り戻しっつあった。

    またしてもノックの音。靖子は大きく息を吸い込んだ。

    「はあい」平静を装った声を出した。必死の演技だった。「どなた」

    「あ、隣の石神です」

    それを聞き、靖子はどきりとした。先程から自分たちのたてている物音は、尋常なものではなかったはずだ。隣人が不審に思わないはずはなかった。それで石神も様子を窺うかがう気になったのだろう。

    「はあい、ちょっと待ってくださあい」日常的な声を発したつもりだったが、うまくいったかどうかは靖子自身にはわからなかった。

    美里は奥の部屋に入り、すでに襖を閉めていた。靖子は富樫の死体を見た。これを何とかしなければならない。

    ホーム炬燵の位置が大きくずれていた。コードを引っ張ったせいだろう。彼女は炬燵をさらに動かし、その布団で死体を覆い隠した。位置がやや不自然だが、やむをえない。

    靖子は自分の身なりに異状がないことを確かめてから、靴脱ぎに下りた。富樫の汚れた靴が目に留まった。彼女はそれを下駄箱の下に押し込んだ。

    音をたてぬように、そっとドアチェーンを繋いだ。鍵はかかっていなかった。石神に開けられなくてよかったと胸を撫で下ろした。

    ドアを開けると、石神の丸く大きな顔があった。糸のように細い目が靖子に向けられていた。彼は無表情だった。それが不気味に感じられた。

    「ああの何でしょうか」靖子は笑いかけた。頬が引きつるのがわかった。

    「すごい音がしたものですから」石神は相変わらず感情の読みにくい顔でいった。「何かあったんですか」

    「いえ、別に何でも」彼女は大きくかぶりを振った。「すみません、御迷惑をおかけしちゃって」

    「何もなければいいんですが」

    石神の細い目が室内に向けられているのを靖子は見た。全身が、かっと熱く
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