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それと同時に彼は気づいた。数学も同じなのだ。崇高なるものには、関われるだけでも幸せなのだ。名声を得ようとすることは、尊厳を傷つけることになる。
あの母娘を助けるのは、石神としては当然のことだった。彼女たちがいなければ、今の自分もないのだ。身代わりになるわけではない。これは恩返しだと考えていた。彼女たちは身に何の覚えもないだろう。それでいい。人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。
富樫の死体を目にした時、石神の頭の中ではすでに一つのプログラムが出来上がっていた。
死体を完璧に処分するのは困難だ。どれだけ巧妙にやっても、身元の判明する確率をゼロにはできない。また仮に運良く隠せたとしても、花岡母娘の心が安らぐことはない。いつか見つかるのではないかと怯えながら暮らすことになる。彼女たちにそんな苦しみを味わわせることは耐えられなかった。
靖子たちに安らぎを与えるには方法は一つしかない。事件を、彼女たちと完全に切り離してしまえばいいのだ。一見繋がっていそうだが、決して交わらない直線上に移せばいい。
そこで、技師を使おう、と心に決めた。
技師――新大橋のそばでホームレスの生活を始めたばかりの男だ。
三月十日の早朝、石神は技師に近づいた。技師はいつものように、ほかのホームレスから離れた場所で座っていた。
仕事を頼みたい、と石神は持ちかけた。数日間、河川の工事に立ち会ってほしいといった。技師が建築関係の仕事をしていたことには気づいていた。なぜ自分に、と技師は訝いぶかった。事情があるのだ、と石神はいった。本来その仕事を頼んでいた男が事故で行けなくなったのだが、立会人がいないと工事の許可が下りないので、身代わりが必要――そういうことを話した。
前金で五万円を渡すと、技師は承諾した。石神は彼を連れて、富樫の借りているレンタルルームに行った。そこで富樫の服に着替えさせ、夜までじっとしているように命じた。
夜、瑞江駅に技師を呼び出した。その前に石神は篠崎駅で自転車を盗んでいた。なるべく新しい自転車を選んだのは、持ち主に騒いでもらったほうがありがたいからだ。
じつはもう一台自転車を用意してあった。それは瑞江駅の一つ手前の一之江駅で盗んできた。こちらは古く、施錠もいい加減なものだった。
新しいほうの自転車に技師を乗らせ、二人で現場に向かった。旧江戸川べりの、例の場所だ。
その後のことは思い出すたびに気持ちが暗くなる。技師は事切れるまで、自分がなぜ死なねばならないのかわからなかったことだろう。
第二の殺人については、誰にも知られてはならなかった。とりわけ花岡母娘には絶対に気づかれてはならなかった。そのためにわざわざ同じ凶器を使い、同じような絞め方で殺したのだ。
富樫の死体は、風呂場で六つに分割し、それぞれに重石をつけた上で隅田川に投棄した。三箇所にわけ、すべて夜中に行った。三晩
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